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| 櫛・簪は一体いつごろからあったのでしょうか?
櫛は縄文時代(BC2000〜BC500)の遺跡から
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額に櫛を挿したはにわ
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ももしきの 大宮人は いとまあれや 梅を挿(かざ)して ここにつどへる (訳)「宮中に仕える人々はひまがあるからか、梅を髪に挿してここに集っていることよ。」 |
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竹製漆塗櫛
(山形県出土) (東京国立博物館)
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縄文時代のヘアーピン
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| というものがあります。万葉びとは自然の花を挿し髪を飾っていたのです。それが、もう一つのかんざし「挿頭花(かざし)」なのです。梅・桜・菖蒲などの花々や柳・松などを用い自然のもつ生命力を身につけようとしていたというのです。
これは現在の舞妓さんが、ご存知のように毎月花かんざしを季節の花々をモチーフにしたものに挿し変えるという、その起源は実は万葉の昔にまでさかのぼっているのです。 |
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| かざし(熊野速玉大社) | ||||||||||||||||||||||||||
| 又、つげぐしも奈良時代にはすでにあり、古代のタテ長のくしから唐風の横長の現在の櫛の形と同じ挽櫛(ひきくし)が輸入されました。
平城宮跡からもつげの櫛が出土しています。 又、正倉院には牙(げ)の櫛がおさめられています。 伊勢神宮にも神様の神宝として古来よりやはり、つげぐしがおさめられています。 八坂神社におまつりしている御祭神スサノオノミコト(素戔鳴尊)の妻で妃神のクシイナダヒメノミコト(櫛稲田姫命)の名前にある"櫛"これも、祇園の地にて櫛・かんざしを生業(なりわい)とさせていただいている何かの有難いご縁なのでしょう。 |
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黄楊櫛(つげぐし)
(平城宮跡出土) (文化保護委員会) |
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牙(げ)の櫛(正倉院)
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| 『参考文献』 「日本の美術・結い髪と髪飾」橋本澄子 編(至文堂) 「日本の髪形と髪飾の歴史」橋本澄子(源流社) |
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京小物 ぎおん・かづら清老舗
女将 霜降富紀子 京都市東山区祇園町北側285番地 電話 075−561−0672 |
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