帰ってきた「京の隠れ名所」シリーズ


心霊現象目撃地探訪編


首塚大明神


京都と山陰地方を結ぶ幹線道路、国道9号線を市内より西へ・・・
老之坂峠にさしかかり、亀岡市との境界を越えてしばらく進むと南へ入る小道がある。
今でこそ幹線国道が通り、京都縦貫自動車も整備され、近くには桂坂ニュータウン、洛西ニュータウン、西山団地などの住宅地が完成されているので、9号線の交通量は夜間と云えどもなかなかのものである。しかし、ひとたび脇道へ逸れると、さすがに夜の山間部はヒッソリして不気味である。

しばらく進むと、右手に廃墟群が現れる。
ここは数年前からこの状態で、あるとき探検目的で侵入した若者らが死体を発見して騒ぎになったこともある。
現在は廃棄物を置き去る者が多いらしく、金網+有刺鉄線にて閉鎖されている。よって、内部を探索するには正規の手続きを執らねば不法侵入者として処罰されることになる。

廃墟群を通り過ぎると、竹薮の間を進行する。

なんとなく撮影した。
少々ファイルサイズが大型ではるが、できれば御覧いただきたい。
(画像クリックで大画像)
夜の竹薮であり、それなりに塵が飛散していたかも知れないが、広角レンズにて被写界深度が必然的に深い状況での不可解な円形物体が写っている。

そしてT字交差点に。それを左へ進路を採る。
しばらく進むと道路は行き止まりとなる。
そこに首塚大明神社はある。
国道からの進入路こそ亀岡市であるが、ここは京都市西京区。
境界線ギリギリの処である。

月明かりさえ無い深夜、実に畏れ多い雰囲気を湛えた鳥居は近寄り難い感さえする。

ここは平安初期、西暦八百年頃、昔話でも有名な”大江山の鬼退治”と密接な関わり合いがある。
酒呑童子と呼ばれた無法者(怪物?鬼?)に苦しめられていた都人の安泰を願い、時の帝は酒呑童子が根城としていた大江山(天の橋立近くの山)へ源頼光と4名の刺客を送り、見事に成敗して首を持ち帰る・・・という話である。

本殿前の鳥居は一説ではこれをくぐると祟られると云われているが、サンプル不足にて特定できる現象ではない。
入り口鳥居の傍にある手水部分に置かれていた柔道の黒帯らしきものとライター。

首塚大明神は首から上の病には霊験あらたかとされている。


では境内に入ってみよう。

木の根が地表に露出していて大変歩きにくい状態の坂道を進むと、小型ながら厳かな本殿へ辿りつく。


本殿前右手に、落雷により亀裂がはいったとされる大木が生えている。
亀裂部分内部は焦げたように黒光りしている。また、血のような色彩の樹液が出ている部分もあり、生命力をも感じるまことに神々しいものである。

本殿裏手にはこんもりと盛り上げられた「塚」がある。
これこそ酒呑童子の首を埋めたと云われている処で、異様な雰囲気をかもし出している。

夏といえども深夜となるとヒンヤリしている山中、何者かに接触されているような不可思議な感覚・・・

京都市中心部から直線距離でも約60km彼方の大江山から度々遠征してきたとは、さすがに”鬼”である。

しかし、現在の京都府大江町に伝わる話では「鬼退治」にまつわるものが3つあるらしい。
当時実際に大江山に巣くっていた「鬼」は酒呑童子ではないという説が有力であるらしく、丹後地方の記録、或いは物理的痕跡として残されているものからは全く別の存在であるとされている。

ではここに埋められているのは何なのか?


京都市西京区でもこの辺りの地名は「大枝(おおえ)」と云う。
ここにヒントがありそうな・・・・



西暦3ケタ時代のナゾは深まるばかりである。