メールマガジン購読会員様だけにお送りする「京の隠れ名所」シリーズ第参拾参弾




梅小路公園


その昔、JRがまだ国鉄であったころ、東海道本線と山陰本線が交わる地点で、日本全国からの貨物が集まる貨車操車場と、山陰本線の始点である京都駅に隣接した機関区でもありました。
いわゆる国鉄跡地に約11万平方mの広大な公園が1994年の「建都1200年記念事業」のひとつとして整備された処です。
”都市を改善する公園”を目指して、我ら市民に多くの緑と空間を提供しています。
七条入口から南に向かうと、色とりどりの花が迎えてくれます。


すぐ西はJR山陰本線でありますが、このあたりは高架になっているので安全々々♪
そして西へ向かうと、明治28年に日本初の電気鉄道として市内を走りはじめた『チンチン電車』が動態保存されています。
西の端、市電車庫の前にある「ふれあい広場」は、昔ながらの公園=子供達の声が響く「遊び場」の風情があります。また、さまざまなイベント会場としても利用されています。
このあたりは当時の梅小路機関区西部にあたり、今では電車区になっています。


七条入口から真南へ進むと、旧二条駅の駅舎が現れます。これは梅小路蒸気機関車館で、ターンテーブルや扇型機関庫など、”蒸機”時代の施設がそのまま動態保存されている処です。
その東側にはレストハウス「緑の館」があり、館内からは古来の庭園技法をさらに拡張して設計された「朱雀の庭」が望めます。
そのまた延長上には、「いのちの森(ビオトープ)」があり、多数の実生の幼樹や生物が生息しており、毎年追跡調査が行われています。

「いのちの森」南部の歩道も多くの木々に囲まれ、大変さわやかな処です。
人工とは云え、自然に作り込まれた「河原遊び場」は潤いをあたえ、樹木と水、そして静寂、、、ワビですなぁ〜
静かな木陰で読書する御仁も少なからず。


最南端通路のすぐ側には蒸気機関車館からの線路が敷設されています。
定期的に行われるSL運転時には、かぶりつきで見られますぞ!
ド迫力のサイドロッドの動きを堪能できること間違いナシ。
もっともJR京都駅のスグ西にあたる処なので、通常の日でも「鉄」な御仁が占拠しているベンチスペースがあります。
が、近頃は車両が画一化されてきてオモロない。
国鉄の時代は味がおましたな!(←筆者も実は「鉄」であったりする)




そしてその北部には広大な「芝生の広場」があります。
場所的に、背の高い建造物が多い処ではありますが、遠くはなれた東山連峰を借景としたかのようなスペースでは、周りの建物は隠され、「ほんまに京都駅のスグ西?」と、思ってしまうような処です。

さて、この梅小路公園の一角に掲げられた一枚の案内図・・・
平安末期の地図を重ねて表示されております。
それによると、当時都を南北に突っ切っていた中央大通り「朱雀大路」は現在の「千本通り」で、前述の機関庫は朱雀大路跡のドマンナカに作られたようです。

また、歴史的にもイワクがあります。
平清盛が1166年頃に造営したとされる『西八条第(別名:八条亭)』の跡地が当公園南部の大半を占めています。
『平家物語』で、清盛が蓬(よもぎ)を植えたことから『蓬壺(ホウコ)』と呼ばれた処です。
当公園整備時に多く発掘されたものは、1182年、平安時代も終わりを告げようとしていた頃、平家都落ちに際して自ら火を放ち 大火災にて邸宅は灰と化したという記録を裏付ける資料となりました。
ってことは、国鉄時代の貨物操車場建設のときにはど〜なっとったんや?と、云う疑問もありますが・・・

地図

大宮通、七条通、JR・・・
交通激しいエリアに囲まれた、まさに『オアシス』が如き潤いがここにはあります。