メールマガジン購読会員様だけにお送りする「京の隠れ名所」シリーズ第弐六弾




子安観世音



今出川通り京都大学農学部から少々東、京都市バス『北白川』バス停近くに、まことに大きい石仏があります。

正確な年代は不明ながら、鎌倉期に造られたとされ、天明七年(1787年)に刊行された「拾遺都名所図会」にも希代の大像として描かれています。

御所の東北東、当時は「白川の村」と呼ばれていた地域への入り口にあたります。

ここから東は山を越えて近江へ向かう起点にあたり、現在は今出川通りから「山中越え」を経て滋賀県へ至る「志賀越道」の南端に位置します。

また、洛中へは現在の京都大学東側から荒神口へ通じる道と、出町から百万遍をへて浄土寺へ向かう細道(今は今出川という太い道ですが・・・)との交差点でもありました。

即ち、『一乗寺下り松』が「鯖街道(福井方面)への道しるべ」ならば、この石仏は「山中越え(滋賀方面)への道しるべ」であったのかと推測できます。

白川の村=白川郷は御所御用達の花の産地として知られていました。

白川女 とよばれる同村の娘達はカゴにいれた花を頭上に乗せて御所まで運搬していました。


恐らくこの石仏以前から続く「行商」なのですが、ここを通るときには必ず献花してきたという言い伝えがあります。
今も白川女は必ずここに花を供えて商いに出るということです。



通り過ぎる”ベンツ”と比べていただくと、その大きさが判ります。

古来より『子安観世音』として町の人々の信仰があつく、いつも綺麗な花が供えられていますが、残念なことに、長い歳月の間にかなりの風化がみられます。

これからも末永く京の東北を見守って欲しいものです。

(注意:
筆者が幼少の頃「デカイお地蔵さんがあるねん」などと聞いたものですが、これは地蔵ではなく観世音なのでお間違いなく・・・)

地図

今出川から白川を北上するとき、混雑する銀閣寺前を避けるためのショートカット道路になっているので、交通量が多く注意が必要です。