メールマガジン購読会員様だけにお送りする「京の隠れ名所」シリーズ第弐伍弾

東山のふもと、あの太閤・豊臣秀吉が造立した伝教大師作・豊太閤護持の大黒尊天を祀る 方広寺 があります。
記録では、天正14年(1586)に秀吉が奈良・東大寺にならって大仏造立を決定し、文禄4年(1595)にはほぼ大仏殿が完成していたようです。
慶長9年頃、放火により炎上したあと、豊臣秀頼が再興しました。
現在は本殿から東、少々離れたところに
発見された遺構は地下に埋め戻して大切に保存し、小舗石や板石などで位置を地表に明示しています。
天保年間に寄進された旧大仏木造半身像も昭和48年、火災によって焼失・・・・
徳川家康をして「この文に呪詛の言葉あり」と言わしめたアレですが・・・・・
当時、「徳川vs豊臣→徳川の勝ち」で決着がついたのですが、400年経った現在でも「徳川ファンvs豊臣ファン」の論戦が火花を散らしていることがあるようです。 |
地図
東山のふもと、七条東山・京都国立博物館の今ではウラにあたりますが、当時はその辺りを境内とする巨大な寺院であったという記録もあります。
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