メールマガジン購読会員様だけにお送りする「京の隠れ名所」シリーズ第弐弐弾




一乗寺下り松&八大神社




本年NHK大河ドラマの主人公は、言わずと知れた 宮本武蔵
中でも有名な 一乗寺下り松の決闘 は、ここで起こりました。

日が未だ明けぬうち、この八大神社の西にある「一乗寺下り松」へ向かう途中、彼はふと立ち止まり、 「一勝させたまへ。今日こそは武蔵が一生の大事。」 と祈ろうとしました。

敵は吉岡道場一派数十名!。
さすがの武蔵も神頼みか?

しかし
なぜか鈴を振らず、祈りもせず、決闘の場へ向かったのであります。


『我れ神仏を尊んで、神仏を恃まず』

「神仏は尊ぶが、頼りはしない」。そのココロは「己の技こそ真実である」
これぞ武蔵! これこそ武士!

武蔵が「悟り」とも云える境地に達したのがこの地であり、 「宮本武蔵・開悟の地」 として知られています。



二天一流・宮本武蔵像


元々、この地には「一乗寺」というお寺がありました。
天台宗・比叡山延暦寺の末寺で、天元4年(981)山門派と寺門派の対立の中、寺門派の僧『穆算』が難を逃れて当寺に住んだことや、永延2年(988)円融法王が一夜を宿したことなどで知られていますが、南北朝の動乱以後に衰えて廃絶してしまいました。この寺が地名の由来であります。

これが現在の「下り松」

当時からは4代目にあたり、決闘以前から旅人の目印として代々植え継がれてきました。

大正10年には記念碑が建てられ、現在も民家が密集する中でシッカリと息づいています。

武蔵が決闘したときの松は、八大神社本殿の西に保存されています。

約300年前、世紀の決闘を見守った「松」の樹。
一部分ではありますが、シッカリ保存され現代でも拝めるとは・・・

まことに神々しく見えます。


八大神社

御祭神=スサノオノミコト、イナダヒメノミコト、八王子命

永仁2年(1294)3月15日勧請
祇園八坂神社と御同神に座し、古来より北天王(北の祇園)と称し、皇居守護神12社中の1にして都の東北隅表鬼門に位置す。
方除、厄除、縁むすび、学業の神として世の信仰厚く、後水尾天皇、霊元天皇、光格天皇、修学院離宮行幸の砌り御立寄り白銀等奉納あり。

明治6年10月5日 「藪里午頭天王社」 (永享10年11月28日勧請)
明治7年 3月5日 「舞楽寺八大天王社」(永享10年 9月 朔日勧請)
を合祀す。


地図


バス停名にもなっている「一乗寺下り松」

『一乗寺』と言えば
京都ラーメンのメッカ
と呼ばれている処

曼珠院道を西へ向かえば、ラーメン店が密集する通称『ラーメン通り』へ行きつけます。