メールマガジン購読会員様だけにお送りする「名物店主・店員数珠つなぎ」シリーズ第壱七弾


画伯 北村典生さんの登場です。

いづ重 北村典生くん


昭和43年、建速須佐之男命を大神とする祗園社のねき(※1)に生を受け、宮川にて産湯を使ったという。
このことが後の今ある典生くんに大きな因縁となって影響を及ぼすことになるのである。

その宮川とは北区の北端、桟敷ヶ岳に源を発し、雲ヶ畑川と呼ばれ加茂川となり、下鴨にて高野川と合流、南下。
そして四条大橋から松原橋までを宮川という。

祗園祭で七月の十日と二十八日に神輿を洗うことからこの名が付き、その昔は河原に下りてこの神事が行われた。

今は新しくなった堤の上にこの祓所が出来ている。
この川の堤を越えた所がその名の由縁の宮川筋。

そして宮川町という花街が在るのである。


典生くんは幼少の頃より、お絵描き・いろは(色ではない)が得意で、祗園村では「末は画伯か書家か」と神童扱い。

誰もがそうである様に、成長するに従ってただの人に近づき、名残はあるものの、大成は成らなかった。
しかし、腕と眼力は只者ではなく、琳派・円山派・狩野派等の流れを汲む画描きの書畫を収集。

店に掛けては この画の鮎は死んでいる! と怒るのだ。

塩焼き寸前の鮎の画、生々しくあるが、死んでいても、と思うのだが…。


典生くんは祗園商店街に於いては右に出る者がいない酒豪でもある。
ただし 酒癖は良くない

この悪態、書き連ねればこのコーナー、この画面をイタズラに汚す ことになり、いつか何かの機会に譲るとして、しいて言うならば、 ローマ帝国時代の貴族の酒宴 を思い浮かべてくれたら良い。

上も下もだ。


典生くんが若くして名跡『いづ重』の家業を継ぐことになったのは、それなりの事情があっての事だが、本人の望む画業は捨てざるを得なかった。

が今、いづ重にとって彼は無くてはならぬ人である。

勿論、当商店街にても然りだ。
そして、あの場所にも無くてはならないのだ。

八坂神社の神官が仕事を終えて一杯やる場所として。又、六月から七月中、宮本組の役員は準備や打合せに足繁く八坂神社に通い、終了後いづ重で日中の直会を楽しむのだ。

この姿を見てかどうか、典生くんも本年から宮本組(※2)の一員となった。

しかし私は「昼から酒が呑める」のではなく、冒頭の宮川で産湯を使ったことが因縁と信じている。


醤油瓶損壊後清掃之図
これから秋。
秋鯖が旨くなる。
肉厚の脂がのった、酢で〆られてもまだ濃厚な鯖での寿司は絶品だ。
口に残った脂を、ぬる燗が流す。秋が楽しみだ。

又、夏の暑い間お休みをとる、甘ったるくなくほどよく煮〆られたお揚げに麻の実を混ぜ込んだ酢飯の稲荷も良い。
三〜四個の稲荷に銚子二本程、口に含んでお揚げを味わい、舌に残る麻の実を噛み砕き、するりと舌の上に酒を流す。至福の時だ。

これだから日中の酒は止められない。


永遠に続け"いづ重"よ




※1:ねき=すぐそば
※2:宮本組=八坂神社神官の次に神に近い町衆グループ

文  ぎおん鍵善良房・今西知夫




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