メールマガジン購読会員様だけにお送りする「京の隠れ名所」シリーズ第壱四弾


白峯神宮

の巻





白峯神宮は明治元年(1868)明治天皇が父孝明天皇の遺志をついで、
保元の乱により讃岐国(香川県)へ配流になった崇徳天皇の神霊を讃岐白峰陵より迎えて創建されました。

さらに明治6年(1873)、奈良時代僧道鏡と恵美押勝の争いにより淡路に配流された淳仁天皇の神霊を迎えて合祀しました。

昭和天皇お手植えの桧




百人一首にあるこの歌
崇徳院作として有名で、上方古典落語にも「崇徳院」というネタがあります。

崇徳天皇は神を敬い先祖を崇め、夫婦のあり方を正し、和歌が上手で武道にも優れていました。


淳仁天皇は官制を改革しました。
租税を軽くし、米穀を貯蔵して飢えに苦しむ民衆を施し恵み、我が身を正し家庭を整えた上で天下を治めるという教えを示されました。

お社としては「神宮」に列せられる最高の御社格です。

皇族 下馬下乗の札
崇徳上皇像は重要文化財に指定されています。



写真の「オガタマノキ」は飛鳥井家邸宅の時代に植えられたものとみられ、樹齢約800年とされています。
招霊(オキタマ:心霊を招く)が訛ってこう呼ばれるようになりました。
春には芳香のある花を咲かせます。
社寺の境内にはよく見られる木ではありますが、これが京都市内で最大で、昭和60年6月1日に京都市指定天然記念物になりました。

主な例祭として、
4月14日に淳仁天皇祭。
9月21日に崇徳天皇祭。で、蹴鞠や薪能が奉納されます。


上記の「飛鳥井家」は蹴鞠と和歌の宗家として知られています。
同家の守護神に まりの精大明神 が祀られていました。

ここを本拠とする 「蹴鞠保存会」 は明治天皇の「蹴鞠保存」の思し召しにより明治36年に創立されました。

以来、蹴鞠道の精神と古技の伝承保存およびその普及に努めてきました。

平成15年には同会創立100周年になります。
その記念としてこの「蹴鞠の碑」が建てられました。


ほぼ1400年前に仏教などとともに遣隋使らによってもたらされた球技「蹴鞠」
飛鳥井家の記録には歴代の天皇をはじめ、当時の貴族達によって愛好されたとあり、元祖中国やアジア方面での原型が廃れても、我が国ではますます人気のゲーム(スポーツ?)であったそうです。

今も「まりの精大明神」は球技愛好者に崇敬されています。



そして、本年(2002)はFIFAワールドカップ日韓開催であります。
ゆくぞトルシエジャポン!
がんばれニッポン!
などと、祈願するのであります。



地図

大変交通量の多い今出川堀川
ひとたび境内に入ればそこは別世界が待っています。