メールマガジン購読会員様だけにお送りする「京の隠れ名所」シリーズ第壱弐弾


律宗大本山

壬生寺

の巻




別名
宝幢三昧寺または心浄光院

壬生寺東の大門を入ると、すぐ右手に『一夜天神堂』があります。

嘉永5年(1852)に再建されたものです。
江戸初期、託願上人の夢枕に立った菅原道真が
「壬生の地に我を祀るべし」と、告げられたのが始まりとされています。
恐らく、道真が流刑になったときこの辺りに親戚を訪ね、一夜だけ別れを惜しんだというのがこの名の由来かと思われますが、

菅原道真=学問之神

「一夜にして知恵を授かる」

「学業向上」
という御利益があります。





一夜天神堂の奥には、この地に屯所があった新選組隊士たちの慰霊碑や墓石が並んでいます。
新選組の兵法訓練場として壬生寺境内を使用していたということです。

特に「あぁ新撰組」歌碑。
100円入れると三橋三智也さんの歌声で聞かせていただけます。

    ・新選組局長・近藤勇
  • ・芹沢鴨
  • ・平山五郎
  • ・河合喜三郎
  • ・阿比原栄三郎
  • ・田中伊織
  • ・野口健司
  • ・奥沢栄助
  • ・安藤早太郎
  • ・新田革左右衛門
  • ・葛山武八郎
らの隊士が祀られています。

新選組の表記について。
「新選組」「新撰組」2つの表記がありますが、一般に双方とも使われています。
ここでは京都新選組同好会様の説を取り入れ、「選」にしています。
歌の題名には「撰」の字が使われているので作詞者の意図とし、そのままにしています。

故に、誤字ではありません



もちょっと奥へ進むと、『水掛地蔵尊』がおわします。

慶安2年(1649)に作られた石仏。
「水をかけて祈ると一つだけ願いがかなう」
と、されています。

壬生寺は
地蔵菩薩立像(重要文化財)
を御本尊としています。


創建は奈良時代とされていますが、第一次発展期は正暦2年(991)に『小三井寺』として復興されたあたりからです。
一度火災で焼失しましたが正元元年(1259)平政平により再建され
正安2年(1300)円覚上人により仏の教えを身振りに動作にしこんだ壬生大念佛狂言の初演がありました。
昭和37年(筆者が生まれた年)にまたもや焼失。現在の本堂は昭和42年に再建されたものです。



地蔵菩薩が御本尊のここ壬生寺には大小さまざまな、いわゆる「お地蔵さん」が奉納されています。
特にスゴイのは『壬生千体仏塔』(写真上)

明治期に行われた京都市区画整理のときに各地から集められた石仏がちょうど千体、ミャンマー・バコダ様式の塔に安置されています。

中には室町時代の「阿弥陀如来像」「地蔵菩薩像」「大日如来像」などもあります。

毎年8月末、京都市内各所で「地蔵盆」が行われますが、地蔵尊を祀っていない町内に、ここ壬生寺の地蔵尊石仏が貸し出されることもあります。
「お地蔵さんまでレンタル??」と、言ってはいけません。
御輿に乗って市中を旅する神の如く。これは「出開帳」なのです。


境内北部に、壬生寺会館、壬生寺保育園、そして大念佛堂(狂言堂)があり、有名な「壬生狂言」はここで上演されます。 壬生狂言についての詳しいことは こちらで。





壬生浪士または壬生狼士と呼ばれた新選組の屯所跡は壬生寺の北にあります。

名物「屯所餅」ののぼりが見えます

地図

表通りに面していない裏町に
すばらしい名所があるものです。

住みつつ思ふ
狭いが広い京の内