日本食は長寿食?

太古の食養生を探る
  人間50年・・・と織田信長ではありませんが、案外過去の人は寿命が短く現代のように世界一の長寿国になったのは最近だと思っておられませんか?しかし、日本人はもともと長寿の傾向にあり、その理由としては食生活が非常に健康的で理想的な食習慣を持っていたためです。
  特に弥生時代の卑弥呼が統治していた邪馬台国を観察した日記のような魏志倭人伝にはこう書かれています。「倭人(日本人)は100歳になるものもおり、80、90歳はあたりまえのようで、非常に長生きの人々だ。」と伝えています。その記録に「非常に温暖な土地柄で夏も冬も野菜が豊富にあり、それらを軽くゆがく程度で食しているようだ」とあります。野菜の栄養素、ビタミンやカロチン、カリウム、ミネラルなどを出来るだけ損なわず摂取するためにはさっと湯がいて食べるに限りますが、そういったことを当時から知ってか知らずかは分かりませんが、相当量摂取していたようです。また「海にもぐり、魚や貝、海草を採ってきては食べている」とあります。恐らく、あわびやかき、浜辺の魚、わかめ、昆布などを常食としていたのでしょう。
  それからはっきりとした証拠のようなものはありませんが里芋を主食としていた可能性が高いのです。どんぐりやトチの実などは遺跡から出土していますが、里芋は硬化せず溶けてしまうせいか遺跡からの出土例は今のところないようです。しかし里芋は間違いなく縄文期から主食として食べられていたはずで、弥生期に米に主食の座を半分は明渡したとしても主要な食物であったはずです。現代でも神に捧げる神饌には里芋は欠かせませんし、お正月の雑煮の中にも必ず里芋は入っています。これは日本全国例外なく入っています。また、中秋の名月のお月見ですが、月を見ながらお団子食べてうさぎを探す、風流ですなぁーなどと言っている場合ではなく実は旧暦の8月15日が現在の中秋の名月に当たるわけですが、この日を芋名月と呼ぶ地方がいくつかあります。それを調べてみますとどうも里芋の収穫祭にあたるのが、旧暦の8月15日であり現代では月見団子を三方にのせてすすきを飾って名月鑑賞をしますが、元々は三方にのっていたのは里芋だったのです。ですから古くから日本人の食生活に密着していた可能性が非常に高く、この里芋が実は長寿の秘訣だったようです。
  里芋の皮を剥きますとヌルヌルとして手が痒くなりますが、このヌルヌルはムチンという物質です。人体は数十兆の細胞がつながり個体を造っていますが、その一個一個をつなぎ合わせているのはムコ多糖類というヌルヌル物質なのです。つまりムチンもムコ多糖類なのですが、このヌルヌル物質が不足すると早く老化していくことが現代では実証されています。つまり弥生人は里芋を主食として食べる事によって、常にヌルヌル物質を補給し細胞の保湿を保ち、また相当量の野菜類を摂取することで現代で言う活性化酸素という老化やガンの原因物質を駆逐するという、見事な健康食を摂取して弥生期からすでに長寿国として生活していたようです。
  現代人は豊かな食生活というよりも、多大な選択肢のある食生活を個人の裁量で摂取していますが、果たしてそれが健康によいのかどうか、私も含め疑問に思う今日この頃です。
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