「なぜ京都で…はも」


京の夏、鱧と祭はきってもきれぬ!?間柄
                              

京都の祇園祭り、大阪の天神祭りには欠かせない魚「鱧」。
鱧は梅雨の雨を飲んで旨くなると
言われており、梅雨の明ける7月になると脂が乗り始め旬となります

   魚の少ない夏場は、料理屋にとって鱧はありがたい魚で、いろいろな調理法があり、造りにしてよし、酢の物にしてよし焼いてよし、揚げてよし、しゃぶ鍋にしてよし・・・・・ と、 まさに、イチロー選手!のような万能選手です。
   ただ、最大の難点は、 体中に頭から尾っぽにかけて連なるように生えている小骨。そのままではどうしてもこの小骨が、口に残りいや突き刺さり、どうしようもありません。
  そこで発達したのが 骨切り という技法で、一寸(約3センチ)の間に24切れ包丁の目を入れることが出来れば板前として一人前 と言われておりますが、昔は「自分は26切れ入れられる! いやわしは27切れや!」 というのが板前の自慢だったそうですが、現在はどうなんでしょうか?
     鱧牡丹椀 鱧落とし 鱧山椒焼き
さて、なぜ京都の夏に鱧なのでしょうか?
 昔、 まだ交通手段がない当時は、京都に魚を運んでくる行商人を「担ぎ」と言いました。 なぜ 担ぎ と言うのかといいますと、葛篭の箱の中に海水を張り生きたまま魚を運ぶ行商人が、箱を担いでいる様を文字って 『担ぎ』と
言っていたようです。 主に兵庫県の明石港からと淡路島からの行商人がそのようにして魚を運んでいました。 また日本海の若狭からは有名な鯖街道を通り、ひと塩物の鯖やぐぢ(甘鯛)を運んできてました。 その担ぎの人たちによって、         京都の魚は、まかなわれていたのです。     
                                                          
   しかし、夏場になりますと、炎天下の中、ほとんどの魚は酸欠で死んでしまいます。ところが、獰猛な鱧だけは京都についても生きていたようです。   余談ですが我々料理人が、鱧を水洗いする時、しめる という作業をします。これは、人間で云う頚椎の骨を切断し、脳から体に伝わる非常事態の信号を切断してしまう作業です。これによって死後硬直を避けることができ、 活きの良いお造りを作る秘訣なんです。 たいがいの魚は、この しめる という作業をしますと徐々に息絶えていきますが、 鱧はしぶとく、首の骨が切られているにもかかわらず目の前に指でも出そうものなら噛み付いてきます。 また歯がサメの歯と似ており、噛まれた指を引き抜こうとしますと悲惨な事になってしまいます。
  このように鱧は非常に生命力の強い魚なのです。しかし、最初は煮ても焼いても骨っぽいこの魚に、先人は苦労されたようで、試行錯誤の結果、 骨切りという技法が編み出されました。これにより京都の夏の魚は 「鱧」 が定着したのです。 また生命力の強い(鰻もそうですが)魚を食べると精が付く という考え方から、京都の人は好んで鱧を食していたようです。 
 
  またまた余談ですが 「京都の鱧は山でとれるそうな....」という言い伝えがあります。行商人が京都に鱧を運んでくる途中、峠で一服しているときに鱧がどうもしょっちゅう逃げ出したようです。その逃げた鱧を山の人々が土にまみれた状態で見つけたため、 「京都の山には鱧がいる!」 という笑い話になったそうです。トラックの水槽に、水温と酸素量の管理をされながら運ばれてくる現在ではありようの無い微笑ましいお話ですね。
  また昔は、祇園祭になりますと京都の中京区、上京区の商家に取引先が今で言うお中元のあいさつにやってくる習慣がありました。あいさつに来る商人は、 鯖寿司を持参し、 あいさつを受けた商家は手土産に、鱧寿司を返したそうです。
  今の相場で考えますと、海老で鯛を釣るような話ですが。しかも商家はあいさつ客全員に鱧寿司を振舞ったということで その当時の鱧の値段はどのような相場だったのだろう? とか、たくさん集まった鯖寿司は誰が食べたのだろう?とか、考えなくてもいいことまで考えてしまいます。
  このように鱧は、古くから京都に根付いており、夏場の京都には欠かせない 
まさに  「旬 」の魚と言う事ができます。
京都市中京区河原町四条上がる下大坂町352-4
  割烹 濱喜久  
宮脇 善弘
TEL 075-221-4108 
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