五節句
 お節句というと、雛祭りだけを考える人が多い。が、節句は三月だけではなくて一月七日、五月五日、七月七日、九月九日の年五回の節句(五節句)があります。他の節句が少々影が薄くなって、ひとり雛祭りのみライトアップされたせいでしょうか。
 『黄門』とは、中納言の別名だから、黄門と呼ばれる人は沢山おられるのに、水戸光圀だけが知名度抜群で、黄門さま=徳川光圀ということになってしまった。太閤、お大師さん、みな同じ。
 五節句はもともと旧暦で決められた。それが新暦に機械的に移行されても、いろいろ矛盾がおこる。桃の節句はとくに甚だしい。三月三日では雪が舞っても不思議ではない。それが旧暦なら(今年は三月二十七日)自然です。 
 とは言っても毎年その日は替わるのでいちいち暦を繰って調べるのも面倒な話。京都近辺では、以前から一月遅れと称し毎年四月三日に雛祭りを祝う。これなら桃だけでなく桜も咲きだし、学校も休み。万事都合がよい。
 日本列島は北から南にまたがっているのだから、行事やしきたりも、それぞれ異なっているのが自然。何でも東京に右へならえでもあるまい。周囲と自分が違うと何か落ち着かないという癖は、そろそろ抜け出したらいかがなものか。
 ついでに申せば、雛祭りといえば出てくるのがサトウハチロウ作詞の『あかりをつけましょ ぼんぼりに』のあの歌。馬鹿のひとつ覚えとしか言いようがない。第一、あの歌詞の三番目は内容的にも間違っているので困ります。
三番目の歌詞を転記します。
桜 金のびょうぶに   映る灯を

かすかにゆする   春の風

すこし白酒    召されたか

赤いお顔の      右大臣  
お飾り
五段飾(十五人揃)  サトウ氏がどの人形を『右大臣』と思われたか、定かではありません。
 恐らく雛壇の下のほうの向かって右に座っている人形を指してのことでしょう。
 普通、左大臣と左右対称に並んで飾られています。
 向かって右だから右大臣と錯覚されてたのではと想像します。向かって右のは左大臣です。
 『左近の桜』も向かって右におきます。紫宸殿の前、あるいは右京・左京と同じ。『右近の橘』『右大臣』はその逆になります。
 右大臣の顔は白面です。年の若い男性は白面としたもので、《白面の貴公子》なんて申します。衣装は緋色。対照的に左大臣は黒衣装を身にまとい、顔は年長者をあらわす赤黒とする決まりです。だから白酒を飲んで赤いというなら、左大臣でなければ理屈が適いません。ちなみに地位的には左大臣はbQの位で右大臣はbR、左大臣の下位になります。
 では右大臣でなく左大臣が正解で一件落着かというと、そうではありません。右大臣、左大臣とは俗にそう呼ばれているだけです。そんな高い身分の方が弓矢のような武器を身に付けるなんて考えられません。あの二人の人形は、大臣(おとど)のような身分の高い方の外出の際、随行するS.Pなのです。随身(ずいじん)とよばれます。昇殿を許された殿上人に対して、許されない地下人(じげびと)階級です。これで下の段に飾られている理由も納得されるのでは。
 以上が、ばかのひとつ覚えの歌についての、地下人の末裔私の解釈です。地下人の嘆きが少しでもお解りいただければ幸いです。         …柳…
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