松茸大量販売店のナゾ
それでもあなたはまだ信じていますか?
「丹波松茸」というものの定義
京都には、古くから「七口(ななくち)」と呼ばれ、都の東西南北それぞれにあり、地名として今でも残っています。例えば「鞍馬口」「粟田口」「丹波口」・・・(全部しらん)など。

そのなかでも「丹波口」というのはJR山陰本線で京都駅の次の駅、電車でGo!1初級編でおなじみの駅ですが、その辺一帯を指します。その位置から国道9号線を西へ西へ・・・。
そのうち、丹波町へたどり着きます。
「丹波松茸」をここで収穫されたモノだけと決め付けるのは早合点というもの。実際にはもっと広範囲にわたります。少なくとも、亀岡・綾部・園部、山陰地方以外でも北山・周山・高尾方面など、京都市からみて北から北西方面に、そのエリアは広がっています。

よく店頭で「地山」とかかれているのを御覧になった方もおられるとおもいますが、「地山」と書いて「チサン」ではなく「じやま」と読む。その意味するところは、「地元の山」。故に、京都ならば少なくとも京都府内で収穫されたものだけが表示できるのです。

先ごろ、農林水産省の御達しで「青果物の産地表示を正確に記するべし」というのがありまして、私といたしましてもそれを厳守いたしておるのですが、現実問題として、あまりオモテに出ることはないようですが、規定を無視している者(業者)があるのです。
ホンモノVSニセモノ
突然ですが、K.V297bという作品番号をつけられた曲があります。

「4本の木管楽器のための協奏交響曲変ホ長調」というものですが、かの有名なW,A,Mozartの作品だと長い間信じられてきました。

しかし近年の研究により、この曲はMozartではない他人の作品であるという結論に達しました。

他のMozart純正の曲と比べると、少々「らしくない」ところがあるものの、ワタクシ的にはこの曲、好きです。が、偽物が判明したときに「やっぱりそーやったんか。Mozartとちゃうんやったらアカンわな。」と言った人がおったのです。

芸術作品の場合は作者がだれであろうが、世に出てしまえば作者の手から離れた一つの「作品」として一人歩きするものであると、筆者は思っておるのですが、どうでしょう?絵の世界でも同じよう
なことがありますね。作品一つ一つを評価するのではなく、「〇〇製だからよし、▲▲製だからアカン」という考え方はよろしくないと思います。


これをカナダの偉大なるピアニスト、グレン・グールド氏は「ファン・メーエレン症候群」となづけました
強大なものへの信仰心「大きな看板に誤魔化されてはあきまへん」
最近特に医療ミスなるものが多いようです。あるジャーナリスト曰く「一般人は、あまりにも医者のすることに疑問を抱かなさ過ぎる。特に日本人は。」それはナゼか?



「ここは大病院だから任せておけばよい」とか、「素人が口出してもしゃーない」とか。それよりも、「現代医学」という非常に強力な看板の前では無意識のうちに100%信用してしまい、何もできないという精神状態がイカンのではないでしょうか?
で、主題
ホンモノと信じていたのもが実はニセモノとわかったなら、あなたはどう思いますでしょう?

確かに、他地域で収穫されモノを食べても誤診のように命にかかわることは無いし、芸術作品のように研究家や愛好家をびっくりさせることもないので、うまけりゃいいってもんかもしれません。

ところが人間の感覚とはこれまたいいかげんにできてまして、信じるものこそ救われるという「プラセボ効果」なるものがあったりします。

カナダ産のもの。
色白で全体にまるっこいのが特徴です。
ナニをもって、信用となすのか?まぁ筆者が思うには、販売店の店構え、歴史、大取扱数量、口コミ、営業地などでしょうか?しかし、今挙げた3つの中に信用に値するものは何も無いハズです。

店構えなど、いくらでもデザインできますし、歴史があるとしても今がどうかは判定不可能だし、取扱数量が多いのは一番危険やし、口コミといっても情報源がアテになるかどうか判らないし・・。

特にダマサレやすいのは「営業ロケーション」です。山のふもとで露店の如く営業していると、いかにもってカンジですが、どう考えても収穫できる状態でないときにやっているというのは摩訶不思議。
また、大量取扱店などは、大型店らしく巧妙にゴマカシている処もあります。

巧妙な手口とは、大阪国際空港に到着した国外製品をパッケージごとトラックへ。
移動中に日本製の箱に移し変え、販売所に着くころには(箱だけ)日本製のモノに化ける。その間輸入物ラベルのついた箱は一切人目に触れることなし。トラックはカラ箱を積んで,ゴミ処理場へ。

最近は正真正銘「丹波松茸」の収穫量も減ってきておるので、こうでもしなければ多量の注文を処理できないのも解からんでもないですが、はやい話がサギやんけ。

日吉町から届いたものをその場で撮影しました。
ウェブ上での画像ではハッキリ違いが判らないかも知れませんが、山から直送されたものはCDの記録面の如き輝きがあり、全体的に白っぽい感じがあります。

白っぽいといえばカナダ産がありますが、そーゆー白さではなく、あくまでも「カンジ」なのであります。
かつ「山の香り」とでも形容できるさわやかな芳香があります。
それが本来の松茸が持つ「味」なのですが、国籍を問わず多くの輸入物にはこの ”感動を呼び起こさせるナニカ”がないのです。

香りに関しても、どこか「ワザトラシイ」部分がありまして、この違いは化学調味料と高貴なる「旨み」の違いと申せましょうか。

筆者はそれらの差異を認めることのできる人を「違いの判る人」として、大変「かっこええ」と思います。真の粋とはこういうもんじゃ、と。

松茸だけでなく他のモノにもあてはまると思いますが、ホンモノには”人を感動させるチカラ”があります。筆者はこれからも、現代社会において失いつつある「真実の感動」を探していこうと思います。

「当店ホームページ」「かって放題さいと」もご覧下さい。


京都市中京区錦柳馬場東入る東魚屋町171
錦・池鶴果実