おせち料理にまつわるお話

手間ども料理屋は新年を迎えるためには年末のおせち料理のご注文をこなさなくてはなりません。
ところがこのおせち料理、つまりお重を詰めるのですがなんせ数が多いのと、その日一日に集中して作り上げなければならないという性格のものであるがゆえに、 忙しい ・・・なんて表現で済むものではございません。

これが大きなお店で、信じられぬほどの数をこなされる大店ほどこの一日を乗り切ることがどれほど大変か私は修行時代に思い知らされました。
私の修行先のお店ではひとりが一組のお重をひとりで詰めきるというやり方で詰めるのでございますが、出来上がりをひとつづつ社長様が確認し 「これ誰が詰めたんや」 「○○さんです」 「やり直し」
てな具合にきびしい査定があり、いい加減な詰め方すると付き返されてきます。
よって詰方に選ばれる12名は料理長自らの人選により選抜されるのですが、幹部の7名は最初から決まっており、残りの5名が選ばれる訳です。

まぁ、だいたい年功順なのですが、修行5年以上というのが毎年の慣例でした。
ですから先輩方が選ばれるとひとりにつき3人の板場がつき、 「次、手綱巻と棒鱈」 と、言われると脱兎のごとく120種類のおせち料理の品の中から見つけ出し持っていかなければならず、数組のお重をこなすと先輩の詰める傾向を読み取り、言われる前に用意して差し出していく・・・
という連係プレーが成り立っていくとどんどん、詰めるスピードがあがる・・・

とまぁ、考えようによっては非常に効率の悪い詰め方ではありますが、流れ作業で詰めるのではなくひとつひとつ料理人の魂がこもっている、そういうお重でございました。
ですから全店の中から5人に選ばれるというのは非常に光栄な事でありました。
それに私は・・・
自慢するわけではありませんが・・・
さんざん前ふりしておいてなんちゅう見え透いた言い訳するねん
と正月早々からむっとしておいでの方もいらっしゃるでしょうが・・・

はい、自慢致します。


なんとぅー 3年目の冬に選ばれたのでありました。

社長様には 「求道君で大丈夫か?」 と言われましたが、本店料理長は 「私が責任持ちますので」 と言っていただき、多分料理長はその年で修行を 終える僕に重詰の経験をさせといてやろうというお情けの選抜だったとは思いますが、
しかしそれならばなおさら料理長の顔も立てねばと、前日から盛る順番を昨年の重詰め写真を見ながら想定しておき、紙に書き出してそれを僕の下につく板場に
「紙を見ながらでいいから順序よく差し出すようにちゃんと目を通しておいてね」
と、もちろん吉○家の牛丼、生卵、味噌汁付を食べさせながらこんこんと説いておきました。
さて、31日当日午前1時より、まあほとんど30日夜から徹夜ということになりますが、一番上座つまり本店料理長の座る場所のさらに上座に席を作ってもらい、そこに座る事になりました。
料理長も異例の抜擢をしたため、不細工な詰め方をしないように横目で見ながら 「もうちょっとこうせいあーせい」 というおつもりだったので しょうが、さにあらず。
ほどなくスムーズにまず一個目が出来、隣の料理長に 「こんなんで、よろしいですか」 とたずねたら 「ええ」 とだけ言われたので仲居さんに 「出来上がりです」 といいますと社長の元へ運ばれていきます。

なにを大層にと思われるでしょうが当時(バブル後期)、二段で15万円のお重でしたので、おのずから丁重な取り扱いとなるのです。
そして社長曰く 「おっ、これは上手に出来てる、誰が詰めた?」
「求道君です。」 「さすが料理長がごり押ししただけあるな」 と、そう言っていただき、まぁ無事最初で最後の大店のお重詰を経験することができました。
私も魂を込めたお重を多分30組ほど詰めたでしょうか、特注お重、規格お重あわせて400組を越えるすべてが終わったのは31日夕暮れでございました。
こうして料理屋の一年は終わります。
それは現在当店でも同じで、一年の最後の日が一番忙しく、
そしておめでたい本日1月1日は一年で一番疲れている・・・

とほほ、因果な商売どすな。

今ごろ寝たおしている求道料理人清水でございました。