
店舗部分は地下0.5から3.5階で、エレベーターもありますが、移動はほとんど階段使用。
一日の昇降量は相当なものになりますが、いつも明るく元気な彼女はビクともしません。
夜中(朝?)の5時にメールを発信したり、午前2時まで会議があったり・・・・
いつ寝とんねん?
と、いう疑問さえ起こるほどヴァイタリティ溢れる女性であります。
販売スタッフとの打ち合わせも入念。店内点検一部のスキも無く・・・

毎月行われる『KICS協議会』
ここには京都市内の商店街、同業種組合から専任の担当者が集まり、全体の運営について協議、決定する場であります。
その中で、『インターネット事業』の委員長たる彼女は四十七士ならぬ47人(ほど)のオッサンどもを実に容易く、まことに鮮やかにまとめあげるのであります。
実際にはインターネット事業のみならず、他の部門にも発言力があり、歯に衣着せぬその言動には誰もがビビってしまうスゴミがあったりします。
「スゴミ」とはニュアンスに語弊があるとは思われますが、彼女がこれまで培ってきた多くの経験=カード先進国、インターネット先進国である米国での留学生活、幼少の頃より植え付けられた「自我の表出手法」がそうさせるのではありますが、なぜか近付き難かったのも事実であります。
驚異的とも云えるアタマの回転の速さ!
Opteron8WAYも真っ青!!
同時に物事の可否、即ち、必要か不必要か?を決定するような時にはなんら迷いが無いが如し。
(たまにゃ失策もあり・・・・それでこそ人間じゃ)
あのビル・ゲイツが若かりし頃
「一度やってみて、ダメなら次の事を考えればいい。」
と云ったそうな・・・
これぞ米国流開拓者精神!アメリカン・フロンティア・スピリット!
筆者には理解の彼岸にあらせられます。
さて、インターネットとの関わりは比較的古く、Windows95以前、まだMS-DOSが全盛のころに遡ります。
某通販会社内バーチャルタウン室勤務当時、非常に斬新なアイディアを提出したにもかかわらず、ボツになったことも多々あったとか。
当時はまだ世間が追いついていなかったような・・・で、その「ボツ提案」の一つ『宅配荷物をコンビニで代引き受け取り』というのは、現在は数社が行っているサービスであります。
他社に先を越されたときには「やられた〜」と、思ったことも。
また、同社在籍中、マスターコンピュータへMACを端末機として接続し、ファイル共有やアプリケーション共有を学び、現在のWEBが如き複雑なネットワーク環境も予見していたとか。
初任給17万から研修が終わって配属後、数ヵ月後に給料30万になるも、残業のしすぎにて、あるときJR大阪駅のホームで倒れた!
原因は過労。
倒れる間際に思ったことは、
どうせなら、カーペットの上が良かった・・・
と、わりと冷静だった。(と、覚えている処がスゴイ)
静養するため、会社を退職し、失業保険で3ヶ月暮らす。
(労働時間があまりにも長かったので、自主退職にもかかわらず翌月からすぐに保険が適用された)
外資系企業を中心に、いくつか引き抜きの話をもらったが、最終的に家業継承。
↑
これが運命の別れ道!
その後、四条繁栄会理事に就任、KICSの主たる部門の代表として活躍し、これまた過労状態に。
しかし彼女曰く
しんどい時もあるけど、やってて楽しい。そやし続けられる。
家業継承確定時に、一度店じまいをして、新店舗ビル建設ならびに営業形態を刷新。いわゆる「第二創業」を経験。
このとき、模擬テスト2回受けただけの三ヶ月漬けだったが、無事、宅建の資格を取得。
(ちなみに模擬テストでは、二回とも不合格であったものの本番は一撃必殺)
で、現在のニューダイアモンドビル
御幸町通側外壁面には祇園祭りのシンボル「鉾」の車輪レプリカ(?)が埋め込まれ、四条通側4Fには菊水鉾型屋根前頭部分的装飾が施され、屋上には屋根前頭部的装飾、避雷針は鉾のホコとして全体がデザインされています。
内部も鉾の「木組み」を思わせる装飾などもあり、ひたすら祇園祭を大切にされております。
また、一般非公開の5階〜6階壁面に描かれた一面の壁画があります。
彼女の御母上が趣味の一つとして日々描かれているものでありますが、その一部を御覧いただきましょう。
江戸時代を思わせる祇園祭風景。
右上には「入大亜門道」の看板を挙げた店、鉾が巡行していくその手前に『賀』と書かれた巻物を読む女性の姿あり。
町衆皆が鉾の通過を眺めているにもかかわらず、独り読書に耽る描写のそのココロは「己が道は他の影響を受けぬ」と、いう彼女の確立された自我を表現しているのかも知れません。
よ〜く見ると、右には肩に手を掛ける男性の姿。
こちらにも実在モデルが存在・・・?
(やたらと江戸コトバを使う奴でないことは明白)
以上、現在の生態でありました。
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