メールマガジン購読会員様だけにお送りする「京の隠れ名所」シリーズ第八弾


滑石街道

の巻


京都府道118号観修寺今熊野線、またの名を「スベリイシ」
京都市山科区、現在「稲荷山トンネル」工事の東側。
新十条通りが新大石道と交差するあたりから、探索開始です。


師走名物『忠臣蔵』。赤穂四十七士の長をつとめた大石内蔵助が敵に 「仇討ちなど忘れたゾ」と思わせるためにしばらく居住していた地域であります。
その住まい跡が写真の大石神社境内に保存されています。

内蔵助はここを拠点に芸者遊びにうつつを抜かすフリをしてました。
さまざまな劇や映画などでは、主に祇園方面で遊んでいたという説が採られていますが
ある歴史研究家によると、伏見方面での方が有力説であるらしいです。
それはさておき「滑石街道」または「滑石越」なのであります。
山科から東山区今熊野へ通ずるこの街道は、いわゆる東山を越えるカタチなので、冬になると頂上付近は凍りつくこともままあります。
真偽の程は専門家に任せるとして
「冬にここを越えた内蔵助も足を滑らせたことだろう」と、
大石も滑る→すべり石
となったとする説もあります。



頂上付近
「東山テニスクラブ」「太閤担カントリークラブ」
など、スポーツ施設があります。



通り行くモノをじっと見守る「みまもり地蔵尊」

もうすこし市内方向へ下ると・・・
滑石街道最大の謎


これがナゾの立て札

矢印の方向を見てみると



んんん〜〜〜
これが『大石内蔵助一服の石』らしい。

☆なにが「ナゾ」なのか?
  1. 内蔵助が当時ホントにこの道を越えていたのか?
  2. 事実ならば歴史的に意味を持つはずであるのに、文献類で見たことない
  3. あまりにも野ざらしそのまんまで、重要物とは思えぬ。
  4. などなど・・
ホンマのとこはどーなんでしょう?

もう少し下降いたしましょう。

このあたりまで来ると、民家がずらりと並んでいます。
通ると一瞬見えるこの風景。
前方上部には墓地があり、手前は下り坂に立ち並ぶ民家
桜がところどころに植えられており、春には大変短い期間ではありますが、この場所からみる桜花は前後上下左右に望め、その配置はごく自然で、大変美しいものです。

一瞬ではありますが市内南部が望めます。
東山連峰の一部分や京都タワー、最近拡幅されたカーブから見られるまさに一瞬芸です。


山科南部への抜け道として、朝夕は比較的交通量が多いのが難点ですが、
じっくり見てみるとオモシロイ街道です。

地図

1、大石神社
2、ナゾの石
3、観桜ポイント

旧跡ばかりが名所でナシ!
ということで、今回は「道」でした。